早朝目が覚めると、腹に綱引きに使うような縄が巻かれてあった。縛り目が湿っていてどうにもこうにも自分の力では外せない。ふと頭をよぎる悪い予感。これは危ない感じ。
空はピーカンに晴れて、いつものようにミイミイゼミがかまびすしい。遠いところでど〜んと低い奇声が上がったような気がした。
途端、ぐい、と引っ張られる。抗いようのない強力な力。おうおうおうおうと、口に出る力のぬけた自分の気合い。引きずられながら玄関の道具箱のラチェットレンチをつかんだが、なんの抵抗にもならなかった。そのまま細い路地の坂を下り、通ったことのない人の家の裏庭を通り、バス通りに出て、やっぱり材木座の海岸まで引きずり出された。
波打ち際には三人の灰色の関取のような男たち。綱を手繰っていたのはこいつらだ。近くでよく見ると頭のてっぺんがプニプニしたとぐろ状になっている。横に置かれた巨大なさざえの貝殻と合わせて推理するに、やつらはさざえの中身人間。
とっさに、ひと月ぐらい前に食べた千円で三個のさざえを思い出した。アレかなあ??
「すいません。安かったので…」と、謝りかけたら巨大さざえの貝殻の中に押し込まれた。さざえは横向きになっていて、乗ってみると動力的重力に充ち満ちていた。
さざえ角力人たちがどっすんどっすん不知火型の四股を踏み始めると、それは海の上を滑るように走り始めた。回転する貝殻のジャイロ効果で、荒波の波頭を飛び越えてもまるで衝撃が来ないし左右に揺れたりもしない。トラクションも確実で、動力が余すことなく波面に伝わっていて滑る感じではなかった。
みるみるスピードを上げるさざえマシン。こうなると波が5メートルぐらいあってもまるでさざ波赤ちゃん波のごとく軽くいなして気持ちよく走る。
アイスキャンデーでも買ってこればよかったなあ、と余裕が出てきた頃、例のあそこに到着した。
懐かしい赤道。
今日も激しい波に打ち付けられて赤い錆の鋼鉄の肌を灼熱の太陽に焼いている。赤道の上にもさざえ角力人がいて、こっちに来いと、ぞんざいに案内された。何人かが肩を押しつけ合うようにして見ているそこ。
「ちょっと合わないなあ」
「インチ規格じゃないのか?」
「いやぁ〜、この仕掛けはペルシャ風の焼き物規格になっているんだろう?」
と、各人各様の考えを出し合ってもめている。
「ベズパポブルグの靴職人が合う道具を持っているに違いない」
「あんなのが持っているもんか。むしろ夜中のこびとの道具箱にこそありそうだ」
「何々なになに?」と自分がしゃしゃり出て見ると、一本のネジが緩みかかっている。ちょうど合うレンチがないので、指先でキリッと締めようとするのだが、赤道特有の油潮のせいで上手く締まらないのだ。
「じゃあ、これは?」とぼくが持ってきていたラチェットレンチで回してみるとちょうどいい。「なんだ、ミリ規格の19mm、アルファロメオ145のドレンボルトと同じじゃん」
やんややんやの拍手喝采である。
「じゃあ、そこを確実な締め付けトルクで締めてくれ」といわれて、得意げなぼくである。ティリリリリ、ティリリリリリ、ティリリ、ティリ、とイタリア製Beta工具の機構を真似して作られた日本製ラチェットのまわり方は快感そのもの。最後の一締め、と、ぎゅッと力を入れた。ティ!
「あれ?」と思ったが口には出さなかった。これはネジ、なめちゃったぞ。どうしよう…。それとなくなめていながらも一番堅い感触のところで止めておいて立ち上がったら、みんな大喜び。
これは口に出さない秘密ができてしまった。
帰りのさざえマシンでは、ガリガリ君ひと箱7本入りパックをおみやげに貰い食べながら帰った。みなさんに喜んでもらってうれしかったのだった。
家に帰って食事をして、仕事の予定も立て込んでないので再び海に行ってみた。
砂が充分に焼けていて、まぶしい夏の太陽を反射している。今年はじめて、鎌倉に来てようやくの海水浴を楽しんでみた。
今朝、赤道の太陽にやられて熱射病的というか、赤道特有の油熱におそわれて非常に怠い。ハナミズが止まらないし喉も焼ける。きんたまも肥大化して、体中が熱を帯びて怠い。あ〜あたまも痛い。恐るべし赤道あぶら熱。
※赤道あぶら熱によるきんたま肥大を略して「あぶらきんたま」という。いつからかひとはそう呼ぶようになった。
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