よく晴れて気分のよい休日だったので、みんなと連れだってサッカーを観に行きました。周りを緑に囲まれた静かで美しいスタジアム。どことどこの対戦だったか忘れてしまったけれども満員でしたので、空いている席、空いている席をと探しながらずいぶん端の方まで来てしまった。
ようやく空席を見つけて、陰になっている涼しい席の一番前に座ることができた。試合が始まると、この席はどうもグランドからずいぶん離れているような気がしてきた。一番前なのに、選手の躍動や観客の歓声から切り離された寂寥感に包まれる。
なぜこんなに遠く見えるんだろう。するとゴールを逸れたボールが足下に転がってきた。俄然、ぼくの中の野獣のごとき気持ちが高ぶり燃え上がった。ボールを拾い上げると思い切り蹴り飛ばして、ピッチに降りて猛烈に走り出した。
「おりゃぁ〜〜」
見よこの筋骨隆々とした上半身。マジックペンを使い「15」と極太のゴシック体で素肌に描いた。超人ハルクのごとき躍動感で走っていくと係りの人に停められた。そしてコンクリートの通路に連れて行かれ、裏から帰された。試合の結果はあまり気にならなかった。
ある日、あるデザイン事務所でバイトをしていた。バイト先には山をひとつ越えて行かねばならない。雑木の生い茂った里山の、歩くのも困難な山道をドカティで通った。木の根の作った自然の階段や枝の通せんぼする細い道。舗装路はなく、よく湿った黒土に落ち葉の積もった登山道である。
社長は本を作る仕事を任せてくれた。とてもやる気が出てきて、とりあえず中身の設計からはじめてみた。いろいろとアイデアがわいて面白い本になりそうな実感があった。アイデアを見せに社長の部屋へ行くと、若いデザイナーが表紙の案を持ってきていた。金の切り紙を全面に散らせて、その切り紙の上に緑の細い糸を這わせて貼り付けるというアイデアだった。
このままだと表紙を他のデザイナーに持って行かれてしまう。そう思いながら毎日ドカティで通った。不思議とトライアルバイクでも難しいようなセクションを、軽々と登ってしまうテクニック。
木の根の段差をひょいと乗り越えると、猫のアキツケが仰向けになって寝ていた。「危ない。」と、思ったがアキツケは気が付かず、仰向けで片足を突き上げて気持ちよさそうだった。こんな所まで来て寝ているのか?
社長がそのデザイナーの案を気に入っているようなので、面白くないぼくはドリルの刃を挟む部分「チャック」を新しく買った。ドリルはこの部分が性能の優劣を左右するのだ。このチャックを正確に組み上げられないと精密な作業はできない。新しいパーツを家で開けようとしていると、社長が来た。この頃ぼくが拗ねているので機嫌をとろうとプレゼントを持ってきたが、それはやはりドリルチャックだった。
やれやれ、同じモノがふたつになっちゃった。