真夏、風を切って走るオートバイ。見た目には良いでしょう。しかしフリーダムな髭男でなくてもひとたび止まればこれほどむさ苦しい状態は他ではなかなか味わえません。真夏にヘルメットを脱いだりかぶったり。Tシャツは排ガスで体にまとわりつく。汗だくでひどく体力を消耗する。真夏のバイクはいわば苦行なり。
この年、バイクツーリングのいつもの連れN氏は腰が猛烈に痛くて、どこにも行きたくないふうだった。あんまり行きたがらないので、奈良の片田舎の彼の家を直接攻めて、近場の「紀伊半島なら」ということで承知して貰った。
例年なら八月の頭から風の中のはずなのだけれども、写真の日付を見ると16日。もう盆休みも終わり、夏のおしまいへ向けての寂しい時期だった。
最初の一日は、N氏宅から奈良を経巡る一日。
みうらじゅん+いとうせいこうの「見仏記」の影響を受けた仕事のアシスタントに「奈良に行くんだけど、良い仏像を教えて」と言ったら、
聖林寺の十一面観音と、秋篠寺とか海龍王寺とかするすると聞いたことのない寺の名前が出てきて驚いた。
記憶では秋篠寺、海龍王寺など奈良駅の北側に先に行ったはずなのだが、写真の順では聖林寺〜段山神社〜三輪大社が先になっていた。
最初の写真は聖林寺の門柱。石と木が細工によって固く結ばれている。これがマヤ文明よりすごいのは、宇宙人ではなく職人がこれをやってのけているということです。こういう根接ぎのやり方は、職人が先人の知恵に自分の工夫を加えてどんどん堅固に完成度を高めていくことが多いようです。そういうわけでやり方は無数にあり、どれも見事な出来映えになっていたりします。
二番目の写真は三輪神社の門前にあるそうめん屋の冷たいやつ。雰囲気がとても良くて驚きました。肝心の三輪神社は工事中。聖林寺の十一面観音は、もともと三輪にあったものらしい。
そして多分、ここは海龍王寺。土塀に半紙が貼ってあって「留守にしています」と書いてあったような覚えがある。仏像盗難の多いこの頃のことを思えば不用心なことです。
せっかく脱いだヘルメットを被り直して秋篠寺へ向かった。ここは確か尼寺だったかなにかで我々のような無頼には居心地が悪く、仏様も上品な感じのするものが多かったように思う。まあ、13年も前のことだから余りよく覚えてはいないことではあるけれども。
いま、あらためて秋篠寺を調べて写真など見てみたけれども、まるで見たことのない寺のようだった。本堂の前庭が草ぼうぼうの半ばやつれたような寺だった記憶がある。