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旅 行 楽 器 温 泉 美 人 読 書 写 真 界 隈 ハウス 夢の風景 美術/芝居/音楽/映画 1989冬.イタリア 1996夏.紀伊半島SRX 1998夏.北海道行XT500 2001夏.沖縄行XT500 2003冬.北海道カローラ 2004冬.九州行145 2005秋.沖縄〜XT500 2006秋.東北行145 2008冬.湖北・北陸145 七月のにぎやかな客人 その他いろいろ 最新のコメント
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この旅の始まりのページ。
![]() 記憶を手繰りつつ。 ホテルをチェックアウトして、開門一番で姫路城を見て廻りありふれた写真をいっぱい撮る。お城の中は暗い。表に菊の花の人形などあったような気がする。江戸川乱歩の小説など思い出した。 (重源好きとして)今までどうしても行きたかった浄土寺に近いことがわかったので、携帯電話で調べて寄ってみることにした。兵庫県小野市まではなんとかすぐに行けたが、誰に聞いても(小中学生から工事の人まで)知らないと言われるし、目立つ道路標識も無いので迷いに迷った。 ![]() 案内のお坊さんに「戸は開けられないですかねえ?」と聞いた記憶がある。「開けられないですねえ」という答えだったと思う。 写真を見返していて気がついたが、寺内に神社が祭られている。多分、八幡神社と思う。八幡神社と言えば先だって見た宇佐神宮の系統。東大寺の守護社も八幡宮で、宇佐神宮は国の寺東大寺創建の折りに大きな役割を担ったという。なんとなく八幡つながりの旅になってる? 高速道路で大阪をパスして京都入り。特にこれという情報がないのでありきたりに金閣寺、銀閣寺のみ観光。 ![]() 京都を出入りする時は、五条から山科を抜ける粟田口を使うのが好きです。古い街道の地面の記憶を感じる。日暮れて大津から高速に乗ったが、ものすごく寒いのですぐに降りた。腰ががくがく震えるほど。手が冷たくてクラッチが満足に握れない。ヘッドライトが暗いので高架を走るのも恐ろしい。ちょっと前まで珊瑚の上を泳いでいたのを思い出す。 ガソリンスタンドで道を聞いたら、真逆に向けて走っていた。米原が非常に遠い。米原から大垣やら岐阜やら通って走った。 名古屋に近くなったら大分寒さもやわらいだ。アルバム ![]()
F氏が訪ねて来る夢を見た。
家が建て込んでいて土地の取り合いをしている。蜘蛛の巣や雑木林。長方形の横長の家。 「いくらギャラを払ったっけ?」と聞かれる。 「1000円ぐらい」と適当に答えると「そんなに払ったっけ?」としつこいので 「5000円だったかな?」と誤摩化しておいた。 F氏は毎日出かけて、なにやかやの発見をして帰って来る。 布団をかけて寝ている二畳の周りは草がぼうぼうに生えている。そして時々サーキットを走っている。すると隣のオヤジが土地のことで争いを挑んできた。修行中の彼は瞑想中で起きてくれないので、自分で戦わなければならない。蜘蛛の巣を避けて攻めて来た相手の頭を両手で掴んだ。瞬間、綿入りの小さな人形になったので、エイッ!と投げてやっつけた。もうひとりの敵が来るので用心しなくては。 と、日記に書いてある。要領を得ないが大体まま。 ホテルを出て朝飯、と、思ったらエンジンがウンともスンともいわない。プラグを見ると火が飛んでない。ポイントをペーパーで磨いてみるが直らない。予備のプラグに交換しても火が飛んでいるふうではなかったが、そのまま組んでみたら直った。 新品のプラグは安定感があるね。 マクドナルドでモーニングメニューを食す。 国道2号線をひた走る。「高速は退屈で疲れるだけだもんな」と思っていたらその高速道路が先の台風で崩落しているらしい。その分国道も混雑してうんざり。 錦帯橋の標識をやりすごし宮島も湾の遠方に横目で通り過ぎた。山陽はどうも好きになれない。下道の信号が面倒になって広島の手前から高速に乗った。 SAで地図を貰い、姫路辺りに宿泊することにした。姫路西で降りて城の外観のみ見て、駅の近くでホテルを探した。(グリーンホテルにチェックイン) ![]() 夜の食事を求めて街に出る。食堂がどこにあるかわからないままウロウロ。飲み屋?バー?とかのポンピキがうっとうしい。その上、辻という辻そこらじゅうに警備員が立っている。ひどくガラの悪い感じ。おどおど歩いて食事ができる店を探した。 地味なカレー屋に入る。旅人風の無精髭のマスターとその母っぽい女性がカウンターで食事中。 「いらっしゃいませ」母の声が元気がいい。けれども、カウンター周りに生活感があふれている。脳裏によぎる不吉な予感。 カツカレー(950円)を注文して、ふたつしか無いテーブルのひとつに腰掛けてTVを見る。ただのカツカレーなのに、なんだかやけにせわしない動きの調理。そんなにか? 母はカウンターに座ったまま割引券とかクーポン券をあれこれ見ている。出てきたカレーのしょぼくれ具合は今まで最高の部類。 浅草千束の「名物かつ」とためを張るものに巡り会えるとは思わなんだ。マスターの名人以上のせわしない動きは一体ナニゴトだったんだ? 沖縄の「日記」以上で終わり。
別府温泉をあがって、地図を見ながら周防灘フェリーに電話をする。以前、関門海峡の橋を渡ったのが夕焼けの非常に風が強い時間帯だった。バイクの暗い電灯でとんでもなく高い海峡の橋を渡るのに非常に怖い思いをした。途中で停まりそうになるくらいよろけて走った。それを思い出すとそこを通るのだけはなんとか避けたい。大分の関から四国に渡るのもありだったが、はじめてということで徳山へ渡ることにした。
大分から山口県へ。次の便が三時、その次が五時半。 ![]() なんだ銀行やってたのか…。もう今日が何曜日だかわかりゃしない。 小さな街を走りながら神社発見。「宇佐」といえば宇佐神宮?宇佐神宮と言えば宇佐八幡?八幡宮の元締め様だっけ?みみっちい知識の中から関連ワードが浮かんで来る。 昨日、栗野岳温泉で八幡地獄を見たばかり。清めの意味でもちょいと寄ってみよう。などと気まぐれで参拝。 ![]() ![]() 裏に回るように入って行くと沈んだ雰囲気の池と水を汲む井がある。気がつくと掃いている灰色の人がいてビックリ。異界の者?、そこに居るのによく見えない。井を守っているのだろう、焦らずにいそいそとその場を離れた。 ![]() 境内を歩き回ったが、「八幡」とどこにも書いてなかったような気がする。自分の知識は果たしてガセだったのか?(調べたらやっぱり八幡宮らしい) 引き潮が美しい周防灘の風景。横目でちらりと言うわけにも行かず、またバイクを降りてヘルメットを脱いで、カメラを出して、写真を撮って、カメラをしまって、眺めて、ヘルメットを被って、キックペダルを出して、エンジン始動して走り始める。バイクで一度停まるというのは、ことほどにメンドクサイことなのだ。 ![]() フェリーに乗って夕焼けの海を航行。徳山に着いたのは7時半ぐらい。少し走ろうかと思ったけれども、中国地方の地図も無い夜。「5000円」という垂れ幕の「ホテルα-1」にチェックイン。徳山の街をうろついてラーメン+餃子990円を食す。味濃い。 アルバム ![]() 聞こえる世間話。 「白内障になったらすぐに手術をした方がいいです。三日めに開けて物の見え方がまったく違ってたので、すぐにもう片方も手術を頼んだ。」目というのは片方づつ手術するのか? また「センダンの木が台風で揺れると」云々。また女湯の脱衣所から「わたし先週まで東京だったんですよ。ホント雨ばっかりで東京はイヤ。」などなど。 食堂で食事。囲炉裏の上でみそ汁がグツグツ沸いている。具は大豆で甘くて妙な味。バイキングでもやし、ひじきなど選んで食べる。 ![]() ![]() ![]() 指先が風で冷えた頃湯布院に到着。別府で風呂に入る前に腹ごしらえ。 「十割りそば」に元祖とついた店。そば湯を出すときにあれこれ講釈をされたが、江戸では当たり前のこと。こちらではそば湯が無いらしい。なるほど、などと感心していただいた。湯布院は流行の人出なので何も見ず、別府に移動。この山道もなかなか手応えのある楽しい山越えの道。 別府と言っても山を下りかけた中腹の明礬温泉に近いところ「別府温泉保養ランド」という朽ちかけた鉄筋の施設があって、そこがぼくのフェイバリット。人がいなければ廃墟に見間違えられそうな風情。入浴料1050円。ハングル文字などの看板が増えていて客層の移り変わりが推し量られる。 ここは、粘土を薄めたような泥の湯に入ることが出来る。露天は混浴の温泉パラダイス。ところどころで粘土の底の底から熱湯が沸いている。重く絡み付く粘土に足を取られて転びかけるようなことがあると大変危険である。足の裏は常にぐにゃぐにゃして気持ち悪くすぐったく気持ちよい。 ノイローゼなどにも効くらしい。バランスの悪い環境で心のバランスが計られるということだろうか。何となく納得。 内湯には男女別れた灰色の鉱泥湯がある。その女湯を描いた名画が食堂に掛けてある。世界中の絵の中で一枚だけ好きなのを貰えるとしたら、これを選ぶかもしれない。 ![]()
4時ぐらいに一度足が冷たくて起きた。幽霊のようなものが足元に立っていやしないかと不安ながら薄暗い室内を見回したが何事もなし。も一度寝て7時ぐらいに掘っ建て小屋の廃墟のような部屋で朝になった。
起きて朝湯を使いに「桜の湯」へ。湯がぬるいのでゆっくり寝転んで入った。 出てコーヒーを入れて、リッツクラッカーの残りを食べる。裏山の「八幡地獄」を散歩。以前来た時とずいぶん感じが変わっているような気がする。見どころが爆発して消し飛んだ感じ、とでもいいましょうか。 ![]() すると遥かに行き過ぎる。 この日も走り出してすぐに艱難辛苦の道のり。工事の人に聞くと標識と真逆の方を指差す。一度霧島温泉まで降りて、えびの方面に北上。高原のなだらかな高低差のワインディングを楽しく流す。やっぱりキンモクセイの香り。雲ひとつない快晴。 ![]() みなさん、地図に道が書いてあるからと言って、それが全部走れる道とは限りません。ガソリンも少ないのでかなり心細い。ダム建設に反対しているから、道を直してもらえないんだろうか?鮮烈な飛沫を上げながら清流が流れている。畏怖すべき自然がだうだうと猛っている。 サイコーサイコー。 集落の真ん中のガソリンスタンで給油。勇気がわいて来るが、食事にありつけず。 ![]() どこに出たかよくわからないが、その後観光ガイドに出てきそうな、石の橋やら、文楽の博物館やらを見学し、多分高森町に出て白川村に抜けた。 阿蘇の外輪山を登りきると、広大なカルデラの真ん中に阿蘇がド〜〜〜ンと姿を現す。なんといってもこの広い風景は日本一。阿蘇は何度来ても良いな。 ![]() 阿蘇山に登る道は大きなコーナーが続いていて楽しい。軽トラックの荷台に檻があってビーグル犬が鼻を出して後ろを見ている。と思ったら別の軽トラックの檻には黒ラブラドールっぽい犬が2匹乗っている。狩りでしょか? 道を折れて牧場脇のダートを茂みを怖がらずに進むと予約しておいた地獄温泉。 「すずめの湯」は丸太で升に仕切った広い湯船で、玉砂利の底からあぶくと一緒に温いお湯が沸いている。丸太ん棒に寄っかかりながら、明るい灰色の泥を遊びながらなが〜〜〜くのんびりできるのだ。 サイコーサイコー。 晩ご飯が「七時」予定だったのに、三十分前に電話があって用意ができたと言う。上がったばかりなので少し待ってもらってから食堂に出向いた。 すると「あ、来た!」とか言う声が聞こえた。さっそく座敷に通されるとすでに鍋が出来上がっていた。なんか不満。「キジ鍋」など食す。たまに旅館の食事などいただくとこういうことになるのだな。贅沢は敵。自戒自戒。 アルバム
ホテルにて7時半頃起床。テレビでは連日パキスタン大地震のニュース。死者40000人!
洗濯物をたたんでカバンにしまう。シャワーを浴びる。階下にて、無料サービスのコーヒーでもいっぱいと思ったら席が埋まっていたので、チェックアウトして押し出されるような気分で走り出した。 ![]() ![]() 鹿児島市から西を目指し東シナ海沿岸に出ようとするが、道が変なつくりで何度も戻ってしまう。いつも道路標識のいい加減さに惑わされる。「道路整備」と言いつつこんなことばかりやっているのだろう。 やっとのことで吹上浜につき散歩。ぺたんぺたんの超遠浅の海。当たり前のことだが海の色が全然違う。透明度はあるけれど、砂の色?空の色?波の寄せ方まで違うような気がする。 広い広い砂浜で何か掘っている人たちがいる。何を掘っているか知りたくて、おじさんのすぐそばまで寄ったりしてみたがなんだかわからなかった。 ![]() それから海沿いに南下。野間崎の断崖の細道をぐるっと回って枕崎。細かいワインディングが楽しい久しぶりのバイク・ツーリング。地元の車はスピード厳守(ほぼ40km/h)なので和気あいあいの気分で走った(?)。 ![]() 薩摩半島はこの時期、どこを走ってもキンモクセイの香りで満ちていて、ヘルメットの中でずっと深呼吸して匂いを嗅いでいた。 ![]() 開聞岳。海にせり出した美しい山。時間があるなら登ってみたいけれども、スローペースすぎたため日が傾いてきた。指宿辺りから鹿児島市まで特急で走り、そこから少し高速道路を使って栗野岳温泉南州館に17時ごろ到着。 自炊棟を予約したので自炊。例のごとくスパゲティー・アーリオーリオ・エ・ペペロンチーノ。しかし自炊棟には誰もいないので非常に怖い。非常に怖いがTV部屋、調理室などフルに使って楽しんだ。 温泉については、江口くんがいたらこういうだろう。サイコーサイコー!以前立寄で来たときは、満員で入れないぐらいだった。そういう温泉を秘湯というのはどうかと思うが、すぐ裏に地獄地帯がある素朴な湯船の、泥の混ざったような温泉は、やっぱり秘湯と呼んでふさわしい気もするのだった。 ![]() 食後に奥の竹の湯に行くと非常に薄暗くて不気味だった。酸性が強いのか日焼けにちくちくし、少し熱かったせいもありそこそこにして怯えながら怖い自炊棟に戻った。 畳の上に寝袋という感触ははじめて。いいのか悪いのか微妙な感じ。 台風20号は大東島のあたりにうろうろしているらしいが、とりあえずあてにならない週間天気予報では、ずっと晴れだと言っている。
台風が沖縄の南を通過。一日遅かったら石垣島を出られて無かったかもしれない。船は九州へ向けて雨模様の大海原を航行。
0時に出航してすぐに眠ってしまったので出航を覚えていない。目が覚めてゴロゴロしつつ「どうせまだ」早朝の4時頃と思っていたら、船内放送が始まって「おはようございます」と、7時半を告げた。けれども特にすることはない。 台風20号の影響で波が高く鹿児島着も遅れるそうで、20時着の予定が22時半頃になるだろうという。ま〜るまる一日船の中。 ![]() 飛行機で帰るのをやめちゃった以上、バイクで走って帰らねばならない。今さらながら気が重くなってきた。もう少し石垣島でキャンプをしていれば帰りの飛行機にぼくの席があったのになあ。などと、雨の日は考えたりするもの。 船室のテレビは受信状態が最悪でノイズだらけ。目がしたたか疲れる。ゴロゴロしているうちに22時30分。遠く船を取り巻くように港の灯が近づく。カンカラチャリダーは10ヶ月ぶりの本土で、感慨深げだった。それは帰りつつある懐かしさよりも、夏の島の思い出から遠ざかる寂しさから来るものだろう。沖縄はもう懐かしいところ。ペットボトルのさんぴん茶を飲み干してしまったら、もう何処でも売ってはいない。 ![]() ホテルのランドリーで洗濯。乾燥機が0時半まで埋まっている。「都会」はみんな夜更かし? そんなこんなで2時近くまでTVを見たりゴロゴロ。
7時起床。二日連続シャワーを浴びて文明人?
9時過ぎまでゆっくりしてチェックアウト。物産もの売りのメインである国際通りをうろつく。修学旅行が多く、しかも女子ばかり目につく。Tシャツ屋が大繁盛。なるほどね。 ![]() ![]() 船が出るのは24時、それまでどーする? ![]() 大好きなツィ・ハークの「セブン・ソード」とティム・バートンの「チャーリーとチョコレート工場」を観ると日が暮れていた。 ツィ・ハークは、格調みたいなものを考え始めたのか、この頃「抜けた感じ」が無くてつまらない。ティムの映画は最高だった。昨日まで幾分天候が不順になったとはいえ石垣島には真夏があったが、クリスマスの雪降る映画を観て急に季節が回転した感じ。 ショッピングモールでパンなど買って、フェリー・ターミナルへ行く。おおよそ21時。しばらくしてカンカラ三線のチャリダーがやって来た。ローソンチケットで乗船券を買うと3000円も割引があると聞いて、バイクで飛んで行く。 21時半頃、受付の窓が開いて乗船手続き。23時頃までロビーでゴロゴロして乗船。客が4人しかいないとかで、洋室(特2等)をあてがわれる。(二等の雑魚寝の方が広くていいのに!)昨日の船と同じで狭い部屋。トイレが別室で、小さいながらも窓があるのでギリギリ我慢できる。8人分のベッドの部屋をカンカラくんと二人で使用。 ![]() ![]() 雨も落ちてきて、心細くなったので近くのホテルに駆け込んだ。ひどく無駄遣い。 (無駄遣いと言えば、20日に予約してあった帰りの航空券をキャンセルした時のキャンセル料など確か1万円したのではなかったか?)シャワーを浴びてさっぱりして夜明けまで仮眠した。 ![]() 6時頃から船積みのところで待っていたが、乗船できたのは7時。そしてすぐに出航。 ![]() 船は石垣島に沿ってゆっくり北上。御神崎、地中海クラブの山、米原、野底マーペー。もうすでに何処もかしこも懐かしい。ぱりっと晴れて朝の入道雲が見送ってくれている。海に飛び込んで泳いであの浜辺に帰りたいくらいだった。 ![]() 有村産業のこの航路は「石垣→宮古→那覇→名古屋→大阪→宮古→石垣」という順番で環状線のようにくるくる廻っている面白い航路。 しばらく船室でゴロゴロしながら眠ったかも。窓が無い狭い部屋に二段ベッドが三組。そこに四人、押し込められて気分が悪い。寝転ぶと揺れが気になる。圧迫と解放。窮屈で嫌な感じ。 11時頃甲板に上がると宮古島に近づいていた。 ![]() 接岸しながら、ジープの人と話をした。米原には10ヶ月いたそうだ。冬に来て知り合いの家に跳ねていた子犬を貰って育てた。米原では始めのうち働いて、後はサーフィンをやっていたらしい。とてもいいスポットがあってグレートな波が来るらしい。(そういえばツーリングのときにボードを積んだ車が何台も停まっているところがあった。)米原にはその波目当ての人が他に二人いて、ひとりは先日リリースに失敗して、珊瑚で足を酷く切ったらしい。 冬は波がずっと良くなるらしいが、潮位が低くなるので危険度も増すと云っていた。ボードを漕いで出ようとするとどうしても犬が乗って来る。犬も海に落ちまいと背中の上で爪を立てるので、そういう時はかなり痛い。波乗り犬を育てた松本ナンバー。長野へはスノボをやりに帰るらしい。 餌をやる時しか船倉の車に入れないので、寂しがって犬が鳴くと胸が痛い、と話していた。 ![]() 甲板を歩いていると、その相手らしい女性がやっぱり涙を拭いながらいつまでも手を振っていた。 部屋は気分が悪いので、空調の利いたソファーの窓際でぼんやり。石垣島で買ったヘッドフォンがまったくダメダメ。 ![]() 船尾の甲板にYさんとCB750のダンディー兄さんがいてあれこれ話した。米原のスナフキンことYさんはいろんなところに旅をしている。「ネパールの夕焼けは凄い」とかアラスカで見た「オーロラが波打つと頭に当たりそうになるから皆避けた」とか身振りで話してくれた。 気がつくと、鶴くんが何処でナンパしたのか女の子を連れている。「宮古島から乗ってきて、気分が悪くなったらしいので表に連れてきた。」という。何はともあれ奇遇というか再会できて嬉しい。 そのまま甲板で日が暮れて、Yさんが笛を吹き始めた。すると笛の音で女の子も気分が楽になったのか、自分の荷物から三線を持ってきて合わせて弾き始めた。自転車ツーリングで日本中を廻っている少年もカンから三線を持ち出して弾き始める。泡盛が入って、ジープの人もなにやらガチャガチャ音を立てて宴となった。 ![]() 盛り上がってきたところで沖縄の灯が近づく。鶴くんは名古屋まで行って自転車で千葉を目指すらしい。Yさんは大阪の終点まで。 後ろ髪を引かれながらぼくとカンから三線の自転車兄さんとCBの兄さんが下船。カンからくんは、九州に渡りそのまま自転車で北上すると言っていた。そして別れた。 ![]() バイクで国際通り近くのビジネスホテルにチェックイン。フロントで知人の店である「1Mile」を聞くとすぐに教えてくれたので、近くまで行ってみたが、そばを食べたら疲れが出たので戻ることにした。国際通りを歩いていると、手作りアクセサリーを道端で売っている女子の横に、なぜか馴れ馴れしくしているCBのダンディー。そういえばと思い「寝るとこ見つかった?」と聞いた。「まだ」と言うので「ここで寝るん?」と冷やかすと「イエイエイエ」と慌てていた。アクセサリー売りのネエさんの凄い目。 ホテルでテントを広げて乾かしながら寝た。iPODの充電。携帯の充電。アルバム ![]() 波照間行き高速艇往復5200円(?)。8時15分出航。港を出る前にGがかかるぐらい加速。胃を上下左右にガンガン揺さぶられながらメロンパンとカフェラテ。トビウオのように波涛を蹴飛ばして強引に走るボート。沖はかなり波がうねっていた。 江口くんの話では、与那国島に行った時の波は「こんなもんではなかった」らしい。酔わない人がいないぐらい揺れる、巨大波地帯を乗り越えなければ与那国には行けない。 ![]() 波間に茶色い物が見えた。よく見るとイルカだった。遊びで高速艇に挑むようにならんで泳ぐが、すぐ後方に見えなくなった。50分ほどで波照間。 港に待ち構えていた自転車レンタル商売の主人たちと江口くんが交渉。どううまく言い含めたか知らないが丸まる一日、ひとり千円になった。自転車レンタル屋さんは若い人で、少し前に広島(?)から移住してきて島の家を借りて奮闘しているらしい。そんなに値切らなくても、と思うのだが値切っちゃったものは仕方が無い。 ![]() ![]() 最南端から少し下り坂で涼しく滑走。飛行場で小学生が何かの実習で金属探知機をピーピー云わせていた。ここで休憩。 ![]() また良い顔のおばあで、民宿に泊まっていた女の子が「今日帰るんですぅ〜〜」といいながら抱きついたり写真を撮ったり名残惜しんだりで、なかなか会計をしてもらえず困った。と思ったら12時きっちりで休憩のため閉店。波照間シエスタ? ![]() ![]() それから、「西の浜」の海に再会。世界一美しい浜辺。江口くんは土産物屋で買ったばかりの半ズボンで泳いだ。ぼくはもったいなくて水に触れないぐらい。もっとも水着は送り返しちゃったので持ってきていないし、パンツというのはご勘弁。 一度ターミナルに戻って一息。はがきを出すのを忘れて郵便局まで戻ったら草臥れはてた。 帰りの波は行きよりはるかに高く、ジャンプの度に笑えた。波のうねりを水面すれすれで見るのはスリルがある。前の席の背もたれにある取っ手に捕まっていないと椅子から飛んでしまうほどだったし、その取っ手が勢いで外れて笑い出して止まらない子もいたりした。 ![]() 米原に戻り撤収の準備。コンビニで買ってきたおにぎりを持って炊事棟で食べる。夕陽のジャンボさんが来て、お別れに三線を弾いてくれた。七月からここにいて真っ黒に焼けた彼はいつもこっそりテントの中で練習していたらしい。とても生真面目で正直なよい演奏だった。それに炊事棟はコンクリなので反響して心にも良く響いた。わーい。パチパチパチパチ。ありがとう。 20時過ぎに我が家に戻る。後はテントをたたんでバイクに積んで出て行くだけ。 「米原のゴーゴーというリーフに打ちつける遠い音を覚えておこう。穴ぼこと石ころでガタガタの地面の硬さを覚えておこう。毎朝やってきて、時に夕方までずっと何かを待っている団子のようなウミンチュ、黄色い海の家のオヤジを覚えておこう。毎日浜辺を端から端まで何度も散歩するマッチ棒のようなヨガヒッピーを覚えておこう。四角い顔の絵のうまい青森少年、いつもクセッ毛が跳ねている三線のHONDA少年も覚えておきます。」と日記に書いてある。 ああ、そうだったそうだった。思い出した。 ![]() 雨が落ちてくる前にと0時頃荷物を積み終えてしまうと、自分の開けていた穴に闇が満ちてきて、あっというまに塞がってしまった。もう米原での居場所は無くなった。 バイクを走らせると於茂登岳の向こう側は晴れていた。 アルバム < 前のページ次のページ >
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