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昨日は大風だった。日本中吹き荒れた。トラックも転んだ。竜巻注意報も出た。
子供の頃「竜巻」というと漫画の中だけだったように思う。「風のフジ丸」の木の葉隠れの術。印を結ぶと足もとから俄に竜巻が起こって、木の葉の渦を巻きながら消えてしまうのだが、自分では何度やっても駄目だった。 やはりもっと小さな頃から、草の種を蒔き、それが生長するのにあわせて毎日飛び越える修練を積まないと駄目なのだろう。ぼくは「積み重ね」がとにかく苦手なのだ。 周囲で「積み重ね」を続けている知人はもうみんな大御所、大家、名人、のようになる年齢であるし、重役のようなことになっている人もちらほら。でなくとも若手からは頼りにされたり、助言できたり、信頼できる人格が整い、少しは尊敬?最近ではリスペクト?もされている。仕事の面から云えば勢いが少し衰えはじめ円熟期に入ろうかという貴重な時期でもある。でしょ? まあ周囲がどうあれ、個人的には「これ」という世界観を築き上げ、信念と覚悟を持って凛とたちあがる年齢でもある、かと。 それがどうですか?振り返ってみると、まあこのちょぼくれてなにをやってるのか定まらぬプ〜〜ラプラ者。やれやれまあいいけどね。良くない?良くても悪くてももう手遅れね。 チョボチョボチョボチョボチョボクレ〜〜♪(そんな歌はない) ![]() そんな話と関係あるのか無いのか。 若い人たちから厚い支持を受け愛される画家、七戸氏の個展が始まった。日々精進。日々新発見新技術に挑む姿勢はもう本当に尊敬しても仕切れない。ここ一年油絵に目覚め新境地開拓中?是非観に行こう。場所はちょっとむずかしい。頑張って辿り着け。 七戸優HP 個展 【場所】オメガアルゲアHP 【期間】HPをパッと見てもわからないから書かない。めいめい「Read More...」からたどって下さい。昨日4月3日からはじまりました。 あれれ?なぜかリンクが反映されないな〜。 HPはここ→http://omega-swiez.co.jp/algea-blog/ そうだそうだ。風。風のことを書こうとしていたんだった。 うちは崖に沿うように建っている。昨日の南風だとまったく家には被害がない。周囲で物が転げたりもしない。仕事場の窓から見える向かいの小さな山の尾根に並ぶ木立がよいのよいの倒れそうに傾いでいるのを見て、「ああ、風が出ていたんだ」と気付くぐらいだ。すると騒ぐ音が聞こえ出す。 ごごごぅ〜〜〜どぉおおお〜〜〜 ぞぞぞぅ〜〜〜ぼ〜〜ぼぼぼ〜〜 三ノ輪の家はあの見える木立と同じように吹くたびにキシキシいって傾いでいた。あれはあれで危機感があって面白かったが今はもう無い。 ![]() 黒色すみれの新アルバム発売ライブにあわせて帰省したのが3月3日。 東京のライブは遅れていったので全部観られなかったが、名古屋得三のライブは最初から観た。素晴らしい曲集。まだこんなに言葉を大切にした麗しいメロディーが出てくるってすごい。新しいアルバムは北原白秋の詩に曲をつけたのが大半なので、いつもの無邪気と邪気を含んだ雰囲気とは少し違ってしっとりロマンチック。テーマは大正ロマンで方向性は「開運」。ジャケットもにぎやかでハッピー。 震災以降ふさぎがちで運も下降気味かと感じているアナタ、運勢上昇のささやかな手助けに詩情豊かな名曲集をいかが? ![]() 翌日は、東京から黒色すみれのツアーに同行しているチルチル座の人たちと合流して、浜松ツアーにつきあった。うなぎ屋、国際楽器博物館、うなぎパイ工場、浜松辺りの海岸を廻った。 楽器博物館は面白かった。音を出すためにあれこれ頭を捻って考え出す形がどれも面白い。くねくねぐるぐる、なぜこうも曲げるのか、欲張るのか。音楽家とは或る部分テクニック自慢で、サーカスのように妙技、奇手を披露して聴く者を驚かせ喜ばせたい、という欲望が強いのだろうなあ。 もっとも根源には「祈祷(グルービン)」という部分が残っている。素朴に叩いて踊る、そういった器具に呪術的な装飾が施されていて面白かったり。部分的にはスチールギターが抜け落ちてて少し寂しかった。現代全盛のエレキの歴史は楽器屋に行けば観られるからいいか? ![]() 浜松の海は、鎌倉の海とは全然違っている。違う海の風景。鎌倉に住んでからあまり旅行に出ていないから他の地方の海にほとんど出会っていない。だけどやっぱりいろんな海がある。他所の海を観るのも楽しい。 分厚い波。昔来たときは真っ白な、どうしようも歩きにくい深い砂浜だったように記憶しているが、雨降りだったからか少しダークで歩きやすかった。ひょっとしたらもうそういう砂になっているのかも知れない。日本中ダムができて砂のきれいだった浜は失われゆく。砂も下りてこないから海岸線はどんどん狭くなる。そういうのを食い止めるためにテトラポットを置く。滋養に満ちた河川が無くなり、魚も少なくなる。さみしい国益発展の産業モデル。 ![]() もうずいぶん長い間撮った写真をカメラの中に放りっぱなしにしていた。去年の9月の写真から残っていた。すべてRAWデータで撮っているので、見たり人に送ったりするために現像しなくちゃならない。これは面倒だけれどもぼくのような下手ッぴぃは、現像で見映えを良くしないとまともに写真を見られるものじゃないから困る。 この雪景色はうるう2月29日。鎌倉にも大雪が降った。 そういう日は朝もちゃんと起きられて、ガサガサと合羽着たりしてさくさくの雪道を海へ行くのになんの苦もないから自分でも不思議。 ![]() あのかすんだ山の向こうがぼくの家。山隂に隠れているから風向きによってはまるで感じないことがある。 「あ〜今日はポカポカ暖かい日だ、風もないから散歩するか」とか云って、浜辺に出てみると砂嵐。眼も開けていられないような痛い風が吹き付けている、なんて云うことがよくあります。 この日は、雪。 風はあまりなかったけれどもカメラを構えるために素手なのが、冷たくて冷たくてカキンカキン。鉄人二十八号の手が錆びて固まっちゃった感じ。右手がかじかんだのを左手で開いてやるのも容易でないくらいだった。 ![]() そんなんも、1時間ぐらいやってると慣れてくるから不思議。冷たいながらも指先がなぜか動くようになる。あれれれ〜?とか気がついて思った。 「はなれ瞽女おりん」という映画では、かつて瞽女さんは雪の裏日本を旅して歩くのに足袋をはかないというのがあったようだ。足袋は濡れて足を凍えさせる。裸足に草履の方が慣れると逆に凍えないというようなことを云っていたと覚えている。ほんとかどうか? おりん役の岩下志麻の裸足のかかとが冷たい雪の風景の中に美しかった。 テレビシリーズ「座頭市物語」の瞽女の話では浅岡ルリ子は足袋をはいていた。 ![]()
しばらく前にWOWOWの放送で『180°SOUTH/ワンエイティ・サウス』を見た。その頃は特集でロッククライミング関係の映画やドキュメントをいくつか連続して放送していた。ヒトラーに言われてアイガー北壁を登ったのとか、最近はNHKでも女性ディレクターがアイガーに登っているのを放送していた。
ロッククライミングが流行り? 高所恐怖症のぼくはそういう映像を見るだけでもう落ちて死んだような気持ちになる。茶の間にいて足がすくみケツがブルブル痙攣する。このように楽しんでもらえると制作者もうれしいのではないか?と思ったりもする。 クライミングには憧れるが、岩木山の急斜面なただの岩場でさえひどく怖がったぼくにできそうなのは似たような服装をすることだけ。 『180°SOUTH/ワンエイティ・サウス』は、登山ウェアやグッズで有名なノースフェイスとパタゴニアのそれぞれの創始者の旅を再現する旅の映画だった。カリフォルニアから南アメリカの南、パタゴニアへのフリーダムな旅。老いた本人たちも途中で映画に参加している。映画は山と海を舞台にしていて、パタゴニアのイヴォンはサーフィンも披露する。 パタゴニアの日本本店は鎌倉にある。鎌倉の人の身なりの良い人の防寒ウェアはほとんどパタゴニアだと思って間違いない。と思う。去年?今年かな?、少し離れた並びにノースフェイスのお店ができた。どっちがいい? とか考えてしまうのは月並みな神経のしみったれた市民のクセですすみません。 最初はやっぱりなんてったって本店のパタゴニア。なにしろ創始者がサーフィン好きでここ鎌倉を選んだと言うくらいだ。などと思ってました。 ![]() どっちにしろゴアテックスジャケットは高い。ダウンも高い。ズボンも高い。Tシャツだって!高い。特にパタゴニアはバーゲンの時しか買ったことがない。 映画でノースフェイスの創始者、ダグはチリに住んで森の土地を買いまくっている。保護を目的にとことん買いまくっている。これを変人だとパタゴニアのイヴォンは笑いながら呼んでいた。変人好きなぼくはノースフェイスに傾いちゃう。仕方がない。 最近、パタゴニアはシーシェパードにスポンサードしているのを知った。シーシェパードは日本の捕鯨船に攻撃を加えているグループ。 ぼくは日本人はもうそんなに鯨を食べていないのだから、あんなに南洋まで出かけて行かなくてもいいと思っている。鯨だって別に無いなら無いでもいいくらいに思うし、あえて食べなくてもいいと思う。どうしても食べたいと言う人は本当にわずかだと思う。あの「ナントカ捕鯨」で鯨を捕まえて殺すのは方法を変えてもいいんじゃないかと思う。食糧不足で必要になればまたはじめたらいいぢゃない?今途切れたら技術がなくなる、と、その程度のもの?技術継承のために捕鯨を続けるなら「ナントカ捕鯨」という名目は嘘ということになる。 だけどシーシェパードもおかしいと思う。子供のようにヒステリックに喧嘩をふっかける。いい大人がスペクターみたいな機械を作ってテロを企んでいる。出資しているミック・ジャガーやショーン・ペンも大嫌いだ。内情はよくわからないけれど北朝鮮と同類な匂いだ。 さて、パタゴニアとノースフェイス、どちらを買う? まあ鎌倉に店があるからって、別にどっちかに決めなくてもイイよな。 辻堂にでかいショッピングモールができたしねえ。
「チョー」についてはもうずいぶん前に書いた。かな?
同じような「ゼッタイ」「ゲキ」「ゲロ」とか「ヤバ」とかさらに今ではもっといろいろ使われているだろう頂点をさすような言葉。「どえりゃー」が流行らなかったのは無念。 「ビミョー」にしても中間をさす言葉ではなくて振り幅の最高点を指す言葉として使われている。なので「チョービミョー」という言葉も自然に成り立つ。それによって「深み」なんかまるでない思考や会話にどことなく奥行きが出るような感じがするのが楽しい。 テレビでは賢い大学の先生や研究者が「時代によって言葉は変化する」と好意的に受けているけれどもどうなんだろう?言葉が変化するのはわかる。だけど、 実際はバカだよな。 極端言葉を重用するのは自分の情報の重要性を主張するためと思う。それは友人のなかやサークルの中で自分の重力場を確保するために必修なのだろう。アレを続けるのは疲れるのではないかと思うけれども、生まれながらずっとそうして底上げ情報で笑って生きているとああでないと却って不安になるのだろうと勝手に思う。 「オタク」というのもそうやって生まれた。自分の情報の価値が高ければ仲間うちでも良い地位でいられる。だから細かい変なところを記憶にたたき込む。細かいことではっきり勝つのだ。あらゆるジャンルでそういう現象になっている。 そんなふうに思ってしまうのはただの若さへの嫉妬かもしれない。 しかしホントに大事なのは世界観で、些末なことや細密な部分は制作者が気にしておけばいいのだ。(いちいち言い間違いを指摘して大笑いするTV出演者にはがっかり。とか急に話が逸れる)世界観には優劣も勝ち負けもない。相手を尊重するのひとこと。これがビートルズの世界。愛こそすべて。 ![]() しかし「系」という言葉は、モノゴトをうまい具合にぼかすなあ〜。 「お客さんは出身は?」 「山形です。」 「はあ山形系ですか」 「系ではなくて県です。おおざっぱ系ですね」 「すると北陸系ですか」 「当たらずしも遠からず系の東北系です」 「するとズーズー系ですね。ねぶた系のお祭り系に参加系ですか?」 「ねぶた系は青森で山形は花笠まつりです。」 「花笠というと『星くんぢゃっどばってんたい』系で?」 「お、見えない系。どこにとんだ?」 「ほれ、飛雄馬のライバル系で自動車財閥系の」 「ホレってなんぢゃ」 「明子さん、結婚して下さい系な玉の輿系な」 「明子さん?」 「花笠さん!明子さん!」 「きみはつくづくバカヤロ様系だな。」 この頃、ぼくは髪の毛たくさん抜ける系。ハゲに向かって爆進系です。
月1ペースで実家に様子を見に帰っている。
何年か前は弟がアメリカに出張に行っていたので、その間の親の様子見だったが、今は帰って来ているのでたいした用事はないし、重要な使命もない。高速道路休日1000円ぽっきり期間も終わってしまったのでしばらくは新幹線を利用していたが、たまにはエンジンを廻してやらねばと156で飛ばした。 ![]() 飛ばしたと云っても、いまや高速は追い越し車線100~110km/hで数珠つなぎ。ひどいときは80~90km/h。のろのろ。ずっとのろのろ。快適な3000回転運転はあまりできない。日本の車文化とは運転やエンジンやカッコ以外のものが多く占める。 時々見かけるレクサスのスポーツタイプ?の斜め後ろから見た、ボンネットからフェンダーにかけての線がとても良くできている事に気がついた。 ![]() 父のいる施設のすぐ脇を流れる庄内川が先週氾濫した。堤が切れたのはもっと上流の方だったが河原を見に行ってみた。 河川敷に作られたビニールハウスの残骸と思しき鉄パイプがそこここにまとめられている。木造のナニヤカヤは野焼きされてところどころ煙が上がっている。農園には道に敷いてあった砂利がなだれ込んでいるけれども、蒔かれた種からは平気な顔の双葉が顔を出している不思議。おまえも流れに呑まれた口だろう? 植物はたくましい。 それから城が見たくなったので犬山に向かった。犬山に向かいつつしばらく行ったことがない岐阜に思いが傾いたので岐阜に変更した。山のてっぺんのお城。 ![]() おりしも良い天気にて車ここでも数珠つなぎ。岐阜一番の観光地なのにほとんど案内図がない。駐車場を探して経巡る車も夥しい上に、駐車場整理の人員がないので効率が悪くそこらじゅうでストレスが溜まっている。 ロープウェイで金華山のてっぺんまであっという間。急峻さでは四国の石鎚山ロープウェイに負けるけれども、高所恐怖症には身に余るオトロシサなり。 ああ面白い。ロープウェイが落っこちても吊り革は決して手放さない。 お城はつまらない鉄筋だった。犬山にしておけば良かった、と、、、。まあいいか。 お城はつまらなかったが山の地層が面白かった。なにしろ岩盤が逆立ちしたような感じ。ぐしゃぐしゃ。この頃地震が多いけれども、地面がさかあがりするような揺れはない。こういう隆起が起こったらどうなるんだろう?まだ地球が不安定だった頃の地殻変動によるものなんだろうか?現代に起こらないと言い切れるんだろうか?原発は100年で石ころのようになにが起こっても良い状態に廃炉できるもの? ![]() それからロープウェイの入り口にあるきれいな虫の標本を見て帰った。 帰ってからまたすぐに鎌倉に向けて車を走らせた。ほぼ数珠つなぎの道。御殿場を越えて厚木より先へ行くと渋滞にはまるので、いつものように沼津で下りてワインディングで箱根の山を越え、海沿いの西湘バイパスを帰った。 きれいな虫の標本
関東版「5000円で手に入れる! ガイガーカウンター製作ワークショップ」に参加してきた。
ガイガーカウンターというのは、ガイガーミュラー管という円筒を突き抜ける放射線をカウントする計測器です。(でいいのかな?)詳しくは放射線計を作ろうを参照して下さい。決して怪しいページではありません。何かの思想を強要するようなホームページでもありません。 講師の宇都宮氏は、大学時代にバタ屋に廃棄バイクを一緒に拾いに行った仲。 ぼくのCD50のヘッドをあれよあれよと開けてバルブの擦り合わせをしてくれた。あの頃は彼がなにをやっているのかまるで見当も付かなかったが、それ以来バイクは快調に南河内の山を走った。想像上のトラブルや理想をどうしたらメカや技術で現実に密着させ構築できるかと日夜研究を惜しまない。いや実際は研究とかいう生やさしいものではないんだけどね。 本来は音楽家。 正体のつかみにくい、ぼんやりした危険が迫ったときにどう対処したらいいのかがわかりやすく奥深く探求されています。 ガイガーカウンター自体は、使い切りカメラの内部基盤に、講師の宇都宮氏が夜なべで用意してくれた部品をハンダで接続する軽工作。難しく細かく複雑なところはやってくれてあるので素人でもあっけなく作れてしまった。多少ハンダ付けの心得のある方なら、部品を揃えれば製作は簡単だろうと言っていた。 ![]() 細かいことは省きますが、イヤホンで聴くとガガガという例の音が聞こえます。 使ったガイガーミュラー管はSBM-20という旧ソビエト製のもの。現ウクライナ軍と交渉してまとめて入手した物をひとつひとつチェックしてある程度安定した物を選別し、このワークショップで使っているそうです。(福島の事故が起こる前は100円もしてなかったそうです。現在は未テスト物が5000円ぐらいらしい。) なので宇都宮氏を経由したSBM-20を使用した計測としてある程度の信頼できる傾向をもっている、といえます。 本日の鎌倉自宅で100カウントするのに7分10秒。昨日の渋谷で測った基礎計測(バックグラウンド「BG」というらしい)とほぼ同じ。 実際は作るのはおまけで、正しい計測の仕方とか放射線α、β、γ線の特徴とかの話がメイン。食品の安全性とか、計測の曖昧さとか、ユーストリームで放送していたのでいつもより過激な話は少なかったらしい。放射能と自身の抱く不安がどう結びついているのかを考える具体的な話ばかりだった。
梅雨ですので湿りがち。空模様もなんとなく明るい曇り空。光具合がどことなく放射能。材木座でも由比ヶ浜でも海の家が建ちはじめた。今年も元気のいい派手な色の水着でいっぱいになるといいんだけど。
古いレンズを使うといつもより距離感が出る不思議。空気遠近法というのか、遠景ほど彩度がなくなる。現代のレンズより顕著な感じ。なんだろうこれ。現代のレンズは良すぎるのかも、人の目に比べて。 とはいうもののCanon製のオートフォーカスレンズも一本ぐらい欲しいな〜。赤い線のやつ。 ![]() 安倍元首相や谷垣氏が、「菅が注水を中断させた。責任取れ」と勇猛に迫ったのはひと月ぐらい前でしょうか?山本一太は「辞める辞めるといいながら辞めないのは詐欺」だと大声で迫りました。それはつい最近。 菅総理が注水の中断の指示をしたこともなかったし、(注水の指示を出した東電本店の意に逆らって)現場では注水は続けられていた。 こういう話は、若い永田議員がウソメールを元に質問した件で辞職に追い込まれ、自殺してしまった悲しい事件を思い出す。あの頃彼を追い込んだ自民党議員の安倍先生には政治家の厚顔はあれど、信念も理想も一滴もない。今ごろはきっと知らぬ顔で寿司やそばを食って「ここおいしいね」とか呑気にしているに違いない。ああいう人でも日本の総理大臣にはなれる。 「東電の本店が注水中止の指示を出した」というのがおぼろげに公になると途端に、自民の追求がなくなっちゃったのはどういうことなんだろう?と思いませんか?菅には猛烈に責任取れと言っていたのに。 山本一太は「朝生」で見る度に「他人の良いところ取りの薄っぺら」なやつだと思ってた。 新聞に「辞める」と書いてあるかも知れないが、菅の口からじかに「すぐ辞める、八月に辞める」とか言う話が出たところは報道でも見たことがない。山本やマスコミのように自分で勝手に有りもしない他人に不都合な虚構を積み上げて、刹那的な攻撃ばかりするのは空しいばかり。国会を聴いていてアホかと思った。間違った暴言をしてもひとつも謝らない。ひとつぐらい震災復興に向けての有意義な提言をしろ野党議員、バカヤロウ。 ![]() 原発の水素爆発直後「ベントを開けるのが遅れたのが原因」で、それも『菅が現場を見に行くまで開けるなという指示があった』とか何とか言う話があった。「菅が事態を最悪にした」と新聞はデカデカと報道し、テレビ番組でもそういう批判ばかりだった。なにひとつ政局を読めたためしのない福岡教授などが、声を裏返えして激怒しながら「人災人災」と煽っていた。(あれでも人を教える職に就いている日本の不思議。)そうした煽動は、今回の事故は総理大臣が大きくした人災で「東電に大きな非はない。よって賠償はほぼ税金でやってくれ」という流れだったようにみえる。 けれども実際は東電が(原発を再稼働させるためにベントを)開けようとしないので「菅が現場に行って開けるように指示をした」という話だった(らしい)。(らしい)というのはこうした反東電行為はどうもうやむやにしか報道されない。多分一社(いつも信用していない産経だったと思う)だけがそういう記事を出していた。だから正しい事実がどうだったのかはよくわからない。 この件に関しても最近ではほぼ誰も追求しない。事故調査委委員会がいずれ明らかにするからなのだろうか?委員会も経産省に乗っ取られたらなにも事実は表には出てこないだろう。アメリカのように調査委員会の証人を呼んでの中継とかあればいいのに。 ![]() 経済評論家の池田信夫氏は「あの地震津波でこれくらいの原発事故で済んだ。却って安全性が立証された」と書いていた。「これくらいの事故」で福島県にはもう人が住めなくなるくらいになっている。原発推進の人はせめてすべての使用済み核燃料棒を原発建て屋から外に出して、すっきりさっぱり放射能を無力化してからなにか言ってくれ。 その池田信夫氏の「@ikedanob 電力が不足しているとき「原発をやめて自然エネルギーにしよう」というのは、パンが不足しているとき「パンはまずいからケーキを生産しよう」というようなもの。問題の優先順位を取り違えている。」というツイートがあった。本物の学者は事実を受け入れて自説のゆがみを修整できる、それが池田信夫かな?と思っていたが間違いだった。 「例え方が間違っている」と返信したらブロックされた。学説を批判したわけではなくて、単なる文章の作り方の間違い。どのみち香るような文章を書くひとではないからブロックされてもなにも惜しくはない。 原発事故前まであらゆるテレビ局の「ブラックリスト」に載ってどんな番組にも出られなかった彼が、急にテレビに出られるようになったのは大きい力がどこからか湧いていてそれに彼も乗ったのだろう。結局マスコミ出身者は、事実より自説なのだとわかった。
宇野誠一郎さんが亡くなった。この頃人が亡くなると思い出してなにやら書くことが多くなってきた。宇野誠一郎さんは、ムーミンの作曲家です。最初がカルピスまんが劇場1969年らしい。ぼくはあの頃7時半からの番組は見せてもらえなかったのでリアルタイムで見ていない。1972年版はいくつか見たかも。
エンドロールで必死に誰が音楽をやっているのか探した記憶がある。記憶では、ニョロニョロが大移動するときの話とか、彗星かオーロラか大きく光るような話の時の神秘的な楽曲に痺れたと思う。録画とか出来る時代ではなかったのでおぼろげな記憶があるのみ。 ![]() もうひとりの「誠」、堀内誠一さんは1975年発行された「マザーグースの歌」のイラストが本当に好きで名前を覚えた人だった。まさかananやポパイのアートディレクターをやるようなすごい人とは思ってもみなかった。 ウィキペディアには「1987年に下咽頭癌により死去。享年54。」もったいない若さで亡くなってしまわれていたんだな。澁澤龍彦と「血と薔薇」の編集をやっていたなんて知らなかったな。知らないことばかり。 なんだか自分だけが探してこっそり知っている宝物のようなふたりだと思っていた。実際はもうそういう仕事をやっている時点でかな〜〜りの大物有名人なのだが、なぜそういう勘違いをするのだろう?? ふたりの「誠」の字は時々ゴッチャになりながらずっと記憶の中の重要な位置を占めている。 ![]() ラジ男くんは、一週間ほどでうちの猫の仲間入りを許されたようだ。がんばった。 夜などぼくの近くでいびきをかいて寝ている。ズピーーーブピーーー。鼻が詰まっているから仕方がない。時々、「ブピ」と言ったまま音がしなくなる。みると横隔膜は激しく上下しているが呼吸が止まっている。慌てて身体をさすって起こすと「スワ〜〜〜〜ハウ〜〜〜〜」と大きく深呼吸をして生き返る。5分に1回ぐらい呼吸が止まる。 放っておいても死にゃしないのだが非常に疲れる。いびきが生きている音のラジ男。 More < 前のページ次のページ >
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