オンドル小屋の大部屋は、雑魚寝でひと部屋に二十人は泊まれると思う。あの日はぼくらを含めて数人。最初は見知らぬ他人と垣根のない生活を共にするのはちょっと躊躇われる気分があるけれども、あのあたたか熱い床に寝転んでしまうと不思議に楽しくなって、いつのまにか垣根など消えてしまうのが不思議。
みんなあそこへ行く人はあの場所が好きだという一点で、人と人を隔てていたものが解けてなくなるのだと思う。
翌朝、宿の奥にある自然散策路を散歩。大好きな地獄地帯。地中から噴煙があがり、ゴボゴボがばがば音を立てて湧き出している。ブシュウ〜〜〜と水蒸気を吹き上げている。ぬぺた!のっぺた!と泥を飛ばすとろけかけたゴーレムのような小山もある。
コーヒーセットを持って行って、途中の茶屋で黒玉子を買って食べたかも。
8月12日 後生掛オンドル泊
メモはこの日も、この一行のみ。
午前中に玉川温泉に行き、そこからN氏と別行動。
確かクルマの駐車場は満車で、駐車場に車中泊する人も多くいて、今ではそういうのが禁止されている。というほど大人気の秘湯。というか今で云う岩盤浴の元祖。
ここの岩場にある天然記念物のラジウム含有の北投石の上に寝ると効能が高いと評判で、末期の人などが滞在して湯治にいそしむのだ。みんな必死だから仕方がないが、最近「玉川産」と称した北投石を売りものにした温泉施設があちこちに見かける。天然記念物の石を商売用に持ちだしていいのか?と不思議に思う。
熱海温泉でさえそういう施設の看板を見かけた。まったく残念な商法だと思う。
玉川温泉に広がる荒野、というか岩盤浴場兼地獄。左の噴泉の方へ行くと後生掛温泉に続く登山道になっている。岩木山登山で最高な気分になったので、ひとつここにも登ってやろうと意気込んで山中に入った。
途中のブナやミズナラの森は素晴らしく、土の露わになった急坂に緻密な網のごとく這う根に何度も足場を助けてもらった。この写真が見つからないだけでひどく残念。ファインダーから見た稲妻のごとき根の美しさを覚えている。
山を下りてくる人と二回ほどすれ違った。それ以外は孤独で熊が出ても助けは来ないだろう。
「山頂まで20分」とか云う小学生用の看板が途中から現れた。おっ!と思ってそれを便りに進んだが、ついに自分の意志では腿があがらなくなり、息が切れ、風が冷たいのに汗がどっと出る。その辺であきらめて折り返した。「あと5分」そのあとなにか励みになるようなウィットに富んだ言葉が方言で書いてあったけれども忘れた。だけど
焼山という山のこんなお釜を見られたので満足。
玉川温泉を出て南へバイクを走らせる。ダム湖につながる渓流沿いの道から田沢湖。田沢湖の深く透き通った水際に腰掛けるとつま先から水の中に持って行かれそう。お尻がムズムズ、胃がキリキリする。
少し休憩をしてから乳頭温泉の黒湯へ。
乳頭温泉から下って再び田沢湖に出て、少し回り道になるようなルートを辿って八幡平、後生掛温泉に帰着。
後に聞いたがN氏は、玉川で別れた後昨日雨の中延々走ってきた十和田の方まで遠征してフライを振ってきたようだ。その甲斐あって美しいイワナと出会えた。