昨年の津波の甚大な被災地、陸前高田へ行くまでの経緯は
伊藤ヨタロウのHP参照。イヴェント名「おらえあんだえ」というのは方言書きで「ぼくの家、あなたの家」という意味らしい。他にユニット名「マダモマダモ」というのもあったが、方言で聞いているときは意味がわかったけれども、今思い出そうとしてもよぐわがんねンだ。
というわけで集まった貴重なカンパを使って第一次音楽の出前隊、被災地へ出発。
よく晴れた5月1日、早朝からややズルズル押した時間を見計らい杉並区に集合したわれわれ8人は2台のクルマ(レンタカーのエスティマ&マイAlfaromeo156)に分乗し東北に向けてレッツらゴー(古い?)。
類い希なる雨男のヨタロウを乗せてはいるが路上は快適。GW渋滞に巻き込まれることもなく朗らかな旅路。朗らかとはいえど各人心の中では良いことも悪いこともないまぜにした期待や不安がモクモクと渦巻いたことだろう。
ぼくはといえばようやく甚大な災害の爪痕を目撃できるという(よくない)期待感とそうした絶望的な光景の中で打ちのめされたいという願いをひそかに抱いていた。と思う。ひょっとしたら震災直後に報道された写真のような光景を見たらニヤけてしまうのではないかという不安もあった。
それはうまく言えないけれども人の不幸が好きというのではなくて、「無慈悲な自然の力」を目撃したいという欲望を(申し訳ないけど)どうしても押さえられないところがあるからなのだろう。
那須のSAで片岡正二郎さんを拾ってひた走り、明るいうちに一関で高速を降りて、どこをどう走ったか気仙沼に着いた。古い佇まいの商店街のうねった道からコロッと躍り出たら途端にひらけた。
「男山」看板の酒店。(あれ?ヤマオトコ?)丘の上には気仙沼女子高校。破壊されたフェリーのターミナルかなにか。浮き桟橋が半分沈没している。地元の?高校生が仲良く歩いていたり。
一旦クルマを停めて、なにを見るともなく下りて歩く。
ひとしきり歩く。なんとなくみんな少し黙りッぽい。この辺で雨が降ったかな?
陸前高田への途中で、巨大な貨物船が道の脇にのし運ばれているのを横目で通り過ぎた。タクシーの運転手がお客さんを下ろして説明しているふうだった。
黄昏になり、だだっ広い荒れ野のような風景の中を走る。日が落ちて街灯も窓の明かりも田んぼもない平ぺったい土地。ときおり分別された瓦礫のでかい山の横を走る。光っているのは車のヘッドライトだけ。かと思ったらぽつんと取り残された災害の家屋に鏡餅のようなさみしい電飾。裏山の森の中に消えていく電灯。その電灯の行き着く先の神社に行ってみたかったが黙って運転。
しばらく迷ってメンバーのひとりである明日香さんの家に着いた。なにしろ道しるべになるものがな〜んにもない。橋と一本松。時々鉄筋のビル。残された団地の二棟。それからただ暗がりに根を張り闇の中に隠れていようとする地面。
どこだったかのSAで休憩。おりしも桜十一部咲きで散り始め。
メンバーは左から、片岡氏(Vo.Vin.マンドリン)、べちこちゃん(Vin.)、白崎さん(Vo.)、斉藤トオルさん(Key.)、伊波さん(Drv)、明日香さん(Vo.)、そして団長・伊藤ヨタロウ氏。あれれイケメン熊谷くん(Per.)が写ってないな。